第8章 8.2 ← 8.0 事例から学ぶ
崩れた案件は、内側からはこう見えていました
終わってから見れば、答えは簡単です。「なぜ早く言わなかったのか」。ところが、内側にいた人たちは怠けていたわけでも、隠していたわけでもありませんでした。毎月、それなりに筋の通った理由があって、色を変えなかっただけです。その理由を潰さない限り、同じことが次も起きます。
この記事の要点
- 報告は何か月も「順調」のまま、ある日いきなり「遅延」に変わります。
- 誰も嘘はついていません。悪い情報を出す道が用意されていなかっただけです。
- 色を変えなかった理由は3つ。会議が増える、まだ挽回できると思っていた、赤の基準がない。
- 対策は気合いではなく、赤にする基準を数字で先に決めておくことです。
- 「持ち帰って検討します」が続いたら、それは遅れが始まっている合図です。
この案件で起きたこと
会員管理の基幹システムを刷新する、1年の案件です。社内10人、ベンダー6人。10月の稼働に向けて4月に動き出しました。8.1の案件と、規模も条件もそれほど変わりません。
5月の時点で、現場の担当者は気づいていました。移行元の会員データに、同一人物が別レコードとして入っている。しかもかなりの数がありそうだ、と。ですが、その月の進捗会議で報告された色は「順調」でした。
6月も順調。7月も順調。8月も、9月も順調。そして10月、稼働の直前に行った移行リハーサルで、突き合わせが終わらないことが判明します。ここではじめて色が「遅延」になり、稼働は年明けに延期されました。
報告と実態が、5か月ずれていました
理由1:赤にすると、仕事が増えます
進捗を赤にすると、何が起きるか。現場の担当者はよく知っています。まず対策会議が入ります。原因の説明資料を求められます。部長にも説明します。役員にも説明することになるかもしれません。手を動かす時間が、さらに減ります。
皮肉な話ですが、遅れているときほど、遅れを報告するコストが高いのです。だから「今月は様子を見て、来月まだ厳しかったら言おう」という判断が、毎月まじめに繰り返されます。
これを個人の弱さの問題にすると、絶対に解けません。解けるのは仕組みの側です。赤にしても会議が増えないと決めておく。最初の1回は状況の共有だけにして、対策資料は求めない。これだけで、赤にする心理的な費用は大きく下がります。
理由2:本当に、挽回できると思っていました
5月の時点では、まだ本当に挽回できたのです。重複データは数千件で、突き合わせのルールさえ決まれば片づく規模でした。だから「来月がんばれば戻せる」は、5月の時点では正しい見立てでした。
問題は、6月にも同じことを思い、7月にも同じことを思ったことです。3.2で扱ったとおり、遅れは足し算では増えません。手を打つのが遅れるほど、必要な手当ては急に大きくなります。5月なら2人で2週間の作業でしたが、10月には突き合わせ結果の検証まで含めて、まったく別の規模になっていました。
ここで効くのは、期限つきの見立てです。「来月がんばれば戻せる」と思ったら、その場で「戻せなかったら、いつ誰に言うか」を決めて書いておく。決めておかないと、来月も同じ判断を繰り返します。
理由3:赤の基準が、どこにも書いていませんでした
この案件で一番効いたのは、たぶんこれです。何をもって赤とするか、誰も決めていなかった。
基準がないと、判定は各自の感覚になります。慎重な人は早めに赤にし、楽観的な人は最後まで緑にします。そして日本の会議では、たいてい後者が通ります。空気として、赤は出しにくいからです。
対策は数字で決めることです。たとえばこう決めておきます。
数字にしておけば、色を決めるのは人ではなくルールになります。「あなたが赤だと言った」ではなく「ルール上は赤です」と言えるようになる。これが決定的な違いです。
遅れの前に、必ず出ていた合図
この案件を後から追いかけると、色が緑のままだった5か月にも、外から見える合図はいくつも出ていました。
- 「持ち帰って検討します」が2回続いた。持ち帰りそのものは普通ですが、同じ論点で2回続いたら、決められない何かがあります。
- 議事録の課題欄が、毎回同じ行のまま。先月と同じ文言が残っているのは、動いていないという意味です。
- 特定の人にしか状況が分からない。属人化が進むと、その人が言わない限り誰も気づけません。
- 会議での質問が減る。関心が下がったのではなく、聞いても答えが返ってこないと分かった状態です。
どれも、進捗率の数字には出てきません。6.3で「週報には数字だけでなく、判断が要ることを書く」と書いたのは、まさにこの合図を残すためです。
この案件から持ち帰るもの
- 赤の基準を、数字で先に決める。着手前の30分で決まります。
- 赤の1回目は、対策資料を求めない。報告のコストを下げるほど、報告は早くなります。
- 「来月がんばれば戻せる」と思ったら、その場で期限を書く。戻せなかったときに誰へ言うかまで。
- 同じ論点の持ち帰りが2回続いたら、そこを課題として登録する。合図を人の記憶に置かない。
この4つは、どれも1時間もかかりません。そして、5か月のずれを数日に縮める効果があります。
ABではこう見えます
AB Projectsでは、悪い情報を出す道が会議とは別に用意されています。気づいた日に課題として登録すれば、次の会議を待たずに関係者の視界に入ります。月1回の会議しか出口がないという状態そのものを、なくすことができます。
そして期日を過ぎたタスクは、誰が何と言おうと期日を過ぎたものとして表示されます。感覚ではなく日付で判定されるので、赤の基準を数字で決めておけば、その判定は自動的に効きます。6.2で扱った課題管理は、この章の話でいえばずれた5か月をつくらないための装置です。
このページで使った言葉
- エスカレーション
- 自分の手に負えないことを、決められる人へ上げることです。基準を数字で決めておくと、上げるかどうかで迷わなくなります。くわしく →
- 課題
- すでに起きていて、対応しないと困ることです。議事録の課題欄が毎回同じ文言なら、それは動いていない印です。くわしく →
- 持ち帰り
- その場で決めず、社内に持ち帰って検討することです。同じ論点で2回続いたら遅れの合図と考えてください。くわしく →
- 属人化
- 特定の人しか分からない状態です。その人が言わない限り誰も気づけない構造をつくります。くわしく →
- マイルストーン
- 途中の節目です。赤黄の判定は、この節目からの遅れ日数で決めるのが最も揉めません。くわしく →
- 炎上
- 遅れや不具合が重なり、通常の進め方では収まらなくなった状態です。この事例では10月に起きましたが、原因は5月にありました。くわしく →
- 議事録
- 会議で決まったことと、決まらなかったことの記録です。決まらなかったことこそ、あとから合図になります。くわしく →
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