RAGで専門文書を活用する方法|法務・医療・教育分野での事例と効果|LLM入門 3.3

3.3 法務・医療・教育など専門文書活用

生成AIがビジネスに導入される場面は年々増えていますが、その中でも特に慎重な対応が求められるのが、法務・医療・教育といった専門知識が前提となる領域です。これらの分野では、情報の正確性と出典の明示が強く求められ、「それらしい」だけの回答では通用しません

しかし同時に、専門文書は量が膨大で複雑な構造を持つことが多く、利用者が必要な情報を見つけ出すには時間と知識が必要です。

このような状況に対して、RAG(Retrieval-Augmented Generation) は、検索と生成を組み合わせた構造により、専門文書を参照しながら自然言語でわかりやすく答えるという、理想的な支援手段となり得ます。

 

専門文書の特徴と課題

法務・医療・教育分野で扱う文書には、以下のような特徴があります。

  • 文章が長く、構造が複雑(章節が階層的に整理されている)

  • 専門用語や略語が多い(前提知識なしでは理解が難しい)

  • 内容が厳密で、誤解やあいまいな表現が許されない

  • 定期的に改訂され、バージョン管理が必要

これらの性質により、検索や参照には高い集中力と専門知識が要求される一方で、実務では「今、必要なことだけを、正確に、わかりやすく知りたい」というニーズが強く存在します。

 

RAGによる文書活用の流れ

RAGを導入することで、こうした専門文書を検索・要約・再表現するフローが可能になります。

  1. 利用者が自然文で質問
     例:「未成年の契約は親の同意が必要ですか?」

  2. Retrieverが関連する法令や条文、ガイドラインを検索
     例:民法第5条(未成年者の契約行為に関する規定)

  3. Generatorが文脈を踏まえた、自然な回答を生成
     例:「民法第5条により、未成年者が契約を結ぶには、原則として法定代理人の同意が必要です。」

 

導入事例①:法律事務所における業務支援

ある中堅法律事務所では、過去の訴訟記録、条文、裁判例、社内メモランダムなどをナレッジベース化し、事務局や若手弁護士の調査・草案作成を支援する目的でRAGを導入しました。

効果:

  • 典型的な法令検索の作業時間を平均50%以上削減

  • 新人弁護士が質問に対して初期的なリサーチを自律的に行えるように

  • 社内ナレッジの再利用率が向上し、文書管理コストの削減にもつながった

 

導入事例②:大学内での教育要綱ナビゲーション

ある大学では、教職員や学生からの「履修ルールに関する問い合わせ」が多く、学事担当者への負担が課題となっていました。履修要項、学則、カリキュラム一覧といった文書をRAGのナレッジベースとして統合し、学生ポータルにBotを設置しました。

効果:

  • 質問の自己解決率が30%→80%以上

  • 学生からの「読みにくい」「見つけにくい」といった不満が解消

  • 各学部ごとのルールにも対応できる柔軟性を確保

 

適用時の注意点

このような専門領域でRAGを導入する際は、いくつかのポイントに配慮する必要があります。

  • 正確性の担保:生成文には必ず出典リンクや条文の引用を明記

  • 責任の所在:Botの回答があくまで「補助的参考」であることをユーザーに明示

  • 知識のバージョン管理:法令・ガイドライン・制度変更に応じた情報更新体制を確保

  • 専門用語の定義強化:Embeddingの段階で略語や同義語の辞書を設ける工夫が効果的

 

社内外の専門知識を「引き出しやすくする」

専門文書は、しばしば“読まれないが、読まれていないとは言えない”領域にあります。つまり、情報はそこにあるものの、その内容を活用するための手段が足りていないのです。

RAGは、こうした文書を「読みやすくする」のではなく、「必要な部分を引き出せるようにする」ことで、情報活用のハードルを大きく下げる技術です。

 

PoCから本番運用まで

次のセクション「3.4 PoCから実運用までのステップと落とし穴」では、RAGの導入を検討する企業や組織が直面しやすい「PoC(概念実証)と本番運用の壁」について、実例を交えながら解説していきます。
技術的理解から一歩進んで、現実的な導入プロセスの知見へとつなげていきましょう。

公開日: 2025-02-14
最終更新日: 2025-05-25
バージョン: 2

下田 昌平

開発と設計を担当。1994年からプログラミングを始め、今もなお最新技術への探究心を持ち続けています。

チーム

任 弘毅

株式会社レシートローラーにて開発とサポートを担当。POSレジやShopifyアプリ開発の経験を活かし、業務のデジタル化を促進。

下田 昌平

開発と設計を担当。1994年からプログラミングを始め、今もなお最新技術への探究心を持ち続けています。