RAGとは何か?「知識の外部化」という新しいAI設計思想|LLM入門 1.3

1.3 「知識の外部化」という設計思想
生成AIを業務に活用するための鍵となるRAG(Retrieval-Augmented Generation)は、単なる技術的な手法にとどまりません。
RAGがもたらす最大の価値は、「知識とモデルを分離する」という設計思想の転換にあります。
これまでのAI活用は、「必要な知識をすべてモデルの中に詰め込む」ことを前提としてきました。しかしこの方法には、コスト・柔軟性・鮮度・管理性といった多くの制約が伴います。
そこでRAGは、知識そのものをモデルの外部に置き、「必要なときに必要な情報を呼び出して使う」ことを可能にしました。
この発想の転換を、「知識の外部化(knowledge decoupling)」と呼ぶことができます。
知識の“内在化”モデルの問題点
従来のファインチューニング型アプローチでは、モデルに企業固有の知識を直接取り込む(=内在化)ことが行われてきました。
一見すると合理的に思えますが、この方法は以下のような問題を抱えています。
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更新が困難:ナレッジの変更があるたびに再学習が必要になる
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追跡できない:モデルがなぜその回答を出したのかが不透明
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再利用性が低い:異なる用途のために複数モデルを学習させる必要がある
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セキュリティリスクが高い:機密情報を学習済みモデルに保持させることのリスク
こうした制約は、AIを業務に本格導入する際に、導入チームや情報システム部門にとって大きな障壁となります。
「生成」と「知識」を分けて設計する
RAGはこの構造的な問題に対して、「生成」と「知識」を明確に分けて設計するという思想を提示します。
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モデル(LLM):自然な言語生成と、推論・言い換え・要約などの処理に特化
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知識ベース(KB):正確な情報の保持・更新・アクセスを担う
このように役割を分けることで、それぞれの要素を独立して運用できるようになります。
たとえば、社内の規定やマニュアルが更新されたとしても、検索対象の文書を更新するだけで済み、LLMそのものには一切変更を加える必要がありません。
これは、AIを「賢い検索エンジン」ではなく「柔軟な言語インターフェース」として活用するための基盤になります。
ヒューマン・イン・ザ・ループを保つ設計
さらに重要なのは、RAGによる知識の外部化によって、情報の出典や根拠を人間が確認可能な形で残すことができる点です。これは、いわゆる「ヒューマン・イン・ザ・ループ(HITL)」の考え方と一致します。
たとえば、RAGシステムでは、LLMが生成した回答の元になったナレッジ文書のリンクを同時に表示することができます。これにより、ユーザーは生成された情報を鵜呑みにせず、自ら出典に立ち返って判断できる環境が整います。
これは、ビジネスや公共分野においてAIを導入するうえで、説明責任(Accountability)や信頼性(Reliability)を担保する手段としても極めて重要です。
モデルは“万能の知能”ではなく“言語の器”
知識の外部化という発想に立つと、モデルはすべてを知っている「万能の知能」としてではなく、与えられた情報を言語に変換する高性能な“器”として捉え直すことができます。
この考え方は、AI導入の設計者にとって非常に現実的です。
モデルはあくまで柔軟な言語出力の仕組みであり、必要な知識は別途整備し、適切に供給する。そうすることで、運用の自由度を高めながらも、品質・安全・信頼性を保つAIシステムを構築することが可能になります。
RAGは技術であると同時に哲学である
RAGは検索と生成を組み合わせた単なる“テクニック”にとどまらず、AIを現実の業務や社会の中に持ち込む際の「情報設計の哲学」そのものです。
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どこに知識を置くか
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いつ、どうやって取り出すか
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それを誰が、どう使うか
こうした問いに対して、実装と運用の両面から現実的な解を与えるのが、RAGという構造であり、思想なのです。
本章では、生成AIの限界と、それを超えるための設計思想としてのRAGの意義を見てきました。
次章「第2章 RAGの全体像」からは、このRAGがどのような構成で動作するのか、その基本構造と原理について、もう少し具体的に見ていきましょう。

下田 昌平
開発と設計を担当。1994年からプログラミングを始め、今もなお最新技術への探究心を持ち続けています。カテゴリー
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任 弘毅
株式会社レシートローラーにて開発とサポートを担当。POSレジやShopifyアプリ開発の経験を活かし、業務のデジタル化を促進。

下田 昌平
開発と設計を担当。1994年からプログラミングを始め、今もなお最新技術への探究心を持ち続けています。