RAGを強化するハイブリッド検索とMulti-Vector戦略とは?検索の多視点化と精度向上の設計|LLM入門 7.2

7.2 ハイブリッド検索・Multi-Vector RAGとは
前のセクションでは、RAGにおける幻覚の原因のひとつとして「Retrieverの情報不足・過剰・不一致」があることを紹介しました。
これを補うために注目されているのが、異なる検索手法や視点を組み合わせて文脈を取得するアプローチ──すなわち、ハイブリッド検索とMulti-Vector RAGです。
このセクションでは、それぞれのアーキテクチャ的な違いと利点、具体的な構成方法、実運用における注意点を解説します。
ハイブリッド検索とは何か?
ハイブリッド検索(Hybrid Search)は、キーワード検索(lexical search)とセマンティック検索(semantic search)を組み合わせて文書を取得する手法です。
背景と目的:
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キーワード検索は文字列一致に強く、誤ヒットが少ない
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セマンティック検索は言い換えや曖昧な表現に強いが、誤ヒットが起きやすい
この2つを組み合わせることで、「的確な検索」と「意味の広がり」を両立し、Retrieverの安定性と柔軟性を高めることができます。
ハイブリッド検索の実装方法
パターン①:スコア加重型
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それぞれのスコア(キーワード検索スコア・ベクトル類似度)を正規化して加重合算
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多くのベクトルDB(Pinecone、Weaviate など)で対応
パターン②:合併+ランキング
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両検索で得た結果を集合し、重複を除外
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スコアの高い順に再ランキングし、Retriever出力とする
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ElasticSearch + Dense Vector 拡張でよく使われる構成
パターン③:フェイルオーバー型
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セマンティック検索で結果が十分得られなかった場合に、キーワード検索へフォールバック
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安全重視のFAQ Botなどで活用される
ハイブリッド検索の利点と課題
利点:
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堅牢性が高い:どちらか一方の弱点を補完できる
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社内文書・FAQ・ナレッジベースに特に強い:命名や記述ゆれに対応可能
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誤ヒットを減らしつつ、意図を汲み取る柔軟な検索が実現
課題:
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検索の重さ:2系統の検索を並列に行うため、処理コストと時間が増加
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ランキング設計の複雑さ:スコアの比較方法や調整が実装に依存
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設定チューニングが必要:業種・文書内容により最適な構成が異なる
Multi-Vector RAGとは何か?
Multi-Vector RAGは、一つの質問に対して複数のベクトル表現を生成し、それぞれを用いて検索を行う高度なRAG構成です。
背景と目的:
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ユーザーの質問は、単一の意味だけでなく複数の意図を含むことが多い
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単一ベクトルでは文脈の一部しか拾えない可能性がある
実装の考え方:
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LLMに「この質問を複数の観点に分解してください」と依頼し、複数の検索クエリを生成
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各クエリで別々にRetrieverを実行し、全結果を統合・スコア付けして返却
Multi-Vector RAGのメリットと注意点
メリット:
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曖昧な質問に強い:質問の複数側面を反映できる
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回答の網羅性が高まる:関連チャンクの拾い漏れを減らせる
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意図の言い換えや補足にも対応可能
注意点:
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トークン消費が増える:複数チャンクを合成するため、プロンプト圧迫のリスク
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統合アルゴリズムの工夫が必要:重複除外・類似スコア統一などが複雑化
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検索時間が長くなりやすい:複数検索 → 統合 → 抽出の工程が増える
ハイブリッド検索とMulti-Vectorの位置づけ
比較軸 | ハイブリッド検索 | Multi-Vector RAG |
---|---|---|
発想の方向性 | 異なる検索技術の組み合わせ | 単一質問の多視点展開 |
対象の多様性 | ドキュメントの種類・記述ゆれに強い | 質問の意図・意味ゆれに強い |
構築の難易度 | 中(既存ツールに対応) | やや高(複数検索+統合処理) |
効果の出やすさ | FAQ・マニュアルなど明示知識に効果大 | 複雑な問い・深掘り質問に有効 |
モデルの進化とRetrieval不要論の可能性?
このセクションでは、検索側の高度化として注目されるハイブリッド検索とMulti-Vector RAGの考え方を紹介しました。
次のセクション「7.3 モデルの進化とRetrieval不要論の可能性?」では、コンテキスト長の拡張によって「もはや検索はいらないのでは?」という発想──Retrieval不要論とその現実的な評価に踏み込んでいきます。

下田 昌平
開発と設計を担当。1994年からプログラミングを始め、今もなお最新技術への探究心を持ち続けています。カテゴリー
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チーム

任 弘毅
株式会社レシートローラーにて開発とサポートを担当。POSレジやShopifyアプリ開発の経験を活かし、業務のデジタル化を促進。

下田 昌平
開発と設計を担当。1994年からプログラミングを始め、今もなお最新技術への探究心を持ち続けています。