なぜRAGが必要とされるのか?|業務利用で見える生成AIの限界とは|LLM入門 1.2

1.2 業務利用における限界とRAGの登場

生成AIは、情報処理の新たな可能性を切り拓く革新技術である一方で、業務への本格導入を考えると、いくつかの現実的な壁に直面します。前節では、ChatGPTの汎用性と限界について解説しましたが、ここではそれをさらに踏み込んで、企業や組織が直面する実務上の課題を明らかにし、そうした課題に応える形で登場した RAG(Retrieval-Augmented Generation) という技術的発想の意義を探ります。

 

業務で求められる「正確さ」と「最新性」

業務においてAIに求められる最も基本的な条件は、「正確であること」と「今の情報を反映していること」です。たとえば、以下のようなケースを考えてみてください。

  • 最新の価格表やキャンペーン情報に基づいた回答

  • 契約条件や社内ルールに沿った適切な説明

  • 顧客対応の履歴を踏まえたパーソナライズされた提案

これらの情報は、企業内部に蓄積されたナレッジやデータベースに存在しているものであり、ChatGPTのようなLLMが自動的に知っているわけではありません。また、企業の情報は日々更新されていくため、一度学習させたとしても、すぐに陳腐化してしまうリスクを抱えています。

 

「モデルに詰め込む」方式の限界

これまでは、こうした情報をLLMの中に「再学習」や「ファインチューニング」によって取り込むという考え方が主流でした。しかし、現実的にはこの方式にはいくつかの課題があります。

  1. 学習コストが高い
    モデルの再学習には、大量の整備されたテキストデータと計算資源が必要です。クラウド上のGPUインスタンスを数日単位で使用するような環境が必要になることもあります。

  2. 柔軟性に欠ける
    再学習したモデルは、新しい情報を取り込むたびに再び更新しなければならず、運用コストや遅延が発生します。

  3. セキュリティとプライバシーの懸念
    顧客情報や社内資料など、外部に持ち出せない情報を使ってモデルを更新することには法的・倫理的な制約があります。

こうした背景から、現在では「モデルに詰め込むのではなく、外部から参照する」という構造への転換が注目されるようになってきました。

 

RAGという新しいアーキテクチャ

このような課題を踏まえて登場したのが、RAG(Retrieval-Augmented Generation) です。RAGは、「生成」と「検索」を組み合わせることで、大規模言語モデルに最新かつ的確な情報を与える仕組みです。

その基本構成は以下の通りです:

  1. ユーザーからの質問が入力される

  2. ベクトル検索エンジンが、質問に関連する情報を社内ナレッジベースから抽出する

  3. 抽出された情報をもとに、LLMが文脈を踏まえた回答を生成する

この仕組みのポイントは、「モデルの外部に知識を持たせておき、都度取り出して使う」という発想です。情報の更新性・柔軟性・管理性という点で、ファインチューニングとは比べものにならない実用性を備えています。

 

事例:社内ナレッジBotの変化

たとえば、ある企業が社内で「ナレッジBot」を構築しようとしたとします。従来の方法では、ルールベースのFAQ、またはあらかじめ定義された回答テンプレートを用意し、それをチャット形式で返すのが一般的でした。しかし、RAGを用いれば、たとえば以下のような柔軟な回答が可能になります。

 

質問:
「新しい在宅勤務制度の条件を教えてください。」

RAG型Botの生成回答:
「2024年4月の社内制度改定により、週3日までの在宅勤務が認められています。ただし、所属部署によっては例外がありますので、詳細は人事ガイドラインの第3章をご確認ください。」

 

この回答の裏側では、「在宅勤務」「制度改定」「ガイドライン」などのキーワードをもとに、検索エンジンが適切な文書を探し出し、それをプロンプトの一部としてLLMに渡しています。
このように、モデルに知識を埋め込むのではなく、検索によって必要な知識を呼び出すというアプローチが、正確性と最新性を両立する鍵となります。

 

LLM時代の業務設計における転換点

RAGの登場は、技術的な発明であると同時に、生成AIを実務で使う際の「設計思想の転換」でもあります。

かつては「モデルの中に知識を詰め込む」ことがAI導入の王道とされていましたが、今後は「知識は分離し、都度参照する」設計が主流になっていくでしょう。
それは、LLMを「万能の知能」として使うのではなく、「高性能な言語出力装置」として扱い、その出力を支える情報基盤を人間が設計・制御するという発想への移行でもあります。

このRAGの考え方は、今後の業務設計において避けて通れない重要な要素になるはずです。

次のセクション「1.3 「知識の外部化」という設計思想」では、RAGの根底にある「知識の外部化」という考え方をさらに掘り下げていきます。RAGは単なる技術ではなく、情報設計そのものを見直す契機とも言えるのです。

公開日: 2025-02-04
最終更新日: 2025-05-25
バージョン: 3

下田 昌平

開発と設計を担当。1994年からプログラミングを始め、今もなお最新技術への探究心を持ち続けています。

チーム

任 弘毅

株式会社レシートローラーにて開発とサポートを担当。POSレジやShopifyアプリ開発の経験を活かし、業務のデジタル化を促進。

下田 昌平

開発と設計を担当。1994年からプログラミングを始め、今もなお最新技術への探究心を持ち続けています。